ヒーリング


地球とは奇跡が沢山ある場所です、普段の生活の中にも奇跡は毎時おこり繰り返されています、それに気づかない人が多いだけなんです。私もその一人でした。

奇跡の様な事が起こった時に人は驚き感謝します。多くの場合にそれは外へ向けての感謝へとなります。

自分から外へ。

ヒーリングとは何か?日本語では「癒し」となります。奇跡と同じことですが「癒されたい」と外へ向いていきます。

 私は数年前に初めてヒーリングを学び始め「自分の人生を自分で作りたい」とおもいました。自分で作るとは「自分で決める事」です。


そして行動すること。


ここまで来るのに三年弱かかりました。長いと思うかもしれませんが私は短かったように感じます。たった三年と思うのか三年もかかったと思うのも自分の考えひとつです。

私の場合「癒されたい」とは思っていませんでした、それよりも「自分で創る」を優先し学びました、自分の人生を変えたかったからです。その為にはどんなことでもしようと思いエネルギーの全てを使い社会の制限制約、自分が引き起こしている現実に向き合いました。

様々なヒーリングメソッド、スピリッツ、次元、神、宇宙、物理学、生態学、、、、、。

それを学ぶにつれ確かに見えていないと思っていたものが観え、知らないと思っていた感情を知り、次元・時空を超え宇宙を超え旅を続けました。以前の建設業という仕事からは考えられないことです。確かに分かる様にはなりましたがなかなか自分で人生を創る域までは到達しません自分で決め行動しているのに結果が付いてこない、そんな現実が続きました。


それでも、


自分を変えたい、


変わりたい、


ヒーリングのインストラクターとして活動をはじめた時期も生徒さんは来なく苦悩は続きました、

実生活も限界を超えていて、

「ここいら辺で限界か、よくやったよもうやめよう」と自分に言ました。

自分で自分の人生を  

と始めた事を終わりにしようと思いました2013年の9月でした。それでも自分の楽しい事を少しだけ、少しだけなら許されるだろうと思い以前から作っていたブレスレットを片手に委託販売して頂けるお店を訪ねました。そのお店は手作りの作品を作る作家さんたちが集まっているお店でした。

そのお店で奇跡が起こり続けます、セミナーやセッションは連日予約が入り忙しい日を過ごせるようになりました。毎日が楽しく、多くの人と出会いがあり人の考え方や生き方を学ぶ機会となりました。セッションの回数は三ヶ月で100回を超え自分自身が驚きました。

よくあるインストラクターさんの自己紹介ではこの辺で終わると思います、私も到達したんだろうなと思っていましたが。

本当にそのまま続いても良かったはずなんですが、

何処かに自分に寂しさがあり本当では無い感じが自分の奥底にある感じがしていました。


そして体調の異変、背骨が痛くなり激痛が走ります。

痛みは更に激しくなり、何もできず夜も寝ることも出来ずに痛みで意識を失うことの繰り返しでした。

その発作の様な痛みは日多くごとに回数をを増し立つことも座ることも苦しくなってしましました。

病院を転々とし背骨の中に腫瘍が見つかり、ある病院では「転移元を探さないと」「良性か悪性か」を調べないとと言われショックを受けました。状態は好転せずに自分はどうすれば良いのかを考えました。自分が学んだヒーリングメソッドの中にシータヒーリングがあります。その考えは病気にも利点があり其の為に病気や痛みが役立っているのを知っていたので自分を振り返ってみました。

厳しい現実でした。

そして、その頃から何故かステンドクラスを作り始めます。少しの道具を購入し、現場で解体してきたサッシをバラしてガラスを取りだしガラスを切り始めました。最初は全く切れませんでした。

それでも毎日毎日ガラスを切つづけました。そして一週間後に初めてガラスカッターが良い啼きを奏でガラスがパカッと割れました。


嬉しかったです。


切れたからといっても何を作れるわけではありません。それでも直線やカーブを練習しました。

何とか切れるようになり作品を作り始めますが、その時体の痛みは更に酷くなっていました。

毎朝夜明けとともに目覚め工房へ行き、夜の10時過ぎまでつくり続ける。そんな日々を2か月位つづけ作り方を試し続けました。痛みと共に。

それでも、沢山の作品ができてお店に展示しお客様や作家さんに見頂くと自分の想像を超えた反響をいただき何とも言えず嬉しい思いでした。イベントに初出店した時も喜んで頂き購入して貰えました。

 お世話になっていたお店の子供向けのイベントでもガラス教室をさせて頂き、子供達の純粋な気持ちや可能性を感じ私が一番感動していたかも知れません。


しかし、この頃も自分はひょっとしたら死んでしまうかも知れないと思っていました。

なので自分が生きている時に自分が作った物を残したいと思っていたんだと思います。

しかも、楽しんで創る自分自身のものを残したい。


その時は明確にはそう思い行動はしていません、心身共にそれどころではない状態でした。

今から思うとガラスは私に本当の自分の喜びを表現する方法だったのかもしれません。


痛みを超える喜び


最後に自分の魂がそれを表せたのだと思います。

私は本当の自分に戻るの為に痛みと困難を経験しました、痛みと困難が私の人生の変換に必要だったからです。

痛みは様々な場面で役立っていました、従来の仕事のこと、一人で背追い込むこと、人に頼る事、出来ないという事。

ここには書ききれませんが役立っている事と向き合う事になりました。向き合ってそして行動する。

本当の自分のもっと奥へ奥へと向き合う必要があったのです。大元の寂しさ哀しさに 向き合う事が出来ました。

今も以前ほどではありませんが痛みは続いています。これからもっともっと向き合い深めていきます。

痛いながらも実感する事があります。

自分は変われた、

自分は変わった。

そう実感します。この先はつくり続けるだけです。


自分の人生を変換させたエネルギーは喜び。 

でも本来は、自分の人生を変換させ創るのに困難は必要ありません。楽しく嬉しい事だけで良いのです。

そして創造する起点のエネルギーは他者にはありません、周りにもありません。

起点となるものは自分自身、その中にある楽しく嬉しいエネルギーだけが自分を変化させることができると経験しました。


実際にヒーリングを経験しなくても楽しく人生を送るひとは沢山います、同じくヒーリングをして楽しい人生を送る人もたくさんいます。どちらでも良いのです。まずは自分の楽しい嬉しいを見つけやってみる。楽しい嬉しいを経験する事が自分の人生を自らの意志で創る始まりです。そのうえで解決が必要な人は癒せば良いと思います。

私もまだ道半ばですが、楽しく人生をつくる人達と出会えればと思っています。


多くの人達が喜びと嬉しい気持ちで満たされますように。


井田太久磨

シータヒーリングjapanhttp://thetajapan.com/

 

 

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